「文殊菩薩の柵」 改刻 昭和23年
以前ご紹介いたしました「普賢菩薩の柵」とともに昭和23年に改刻した「文殊菩薩の柵」をご紹介いたします。
昭和15年に国画会展に出品した当初の二菩薩像の板木は戦火で焼失してしまったため、戦後摺られた版には、改刻した二菩薩が加えられました。
そうして新たな二菩薩釈迦十大弟子が、昭和30年のサンパウロや翌年のヴェネツィアでの受賞となりました。
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棟方志功「優婆離の柵」
昭和14年に発表しました代表作「釈迦十大弟子」の制作過程を、棟方志功本人はこう語っています。
「制作するときは、どれが須菩提で、どれが目犍連か、そういうことはひとつもわからずにつくりました。唯、十人の釈迦の弟子の風体をした人間をつくったのです。名はあとからつければ良いと思って、あらゆる顔、形、あらゆる人を自由に彫ってみたいと思ったのです。それも別に利口ものとか、智慧者といった考えでなく、仏に近づきつつある人間の姿を描いただけで、下絵も書かず、板木にぶっつけに筆をおろしました、...この制作の時は、調子の良い日は一日に三面できました。...十大弟子は丁度一週間でできあがりました。
「自作に思う」『板画の道』より
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これ(裏彩色)は裏から絵具を着彩するのではなくて、しみ込ませるというところにねらいがあります。板木につけた墨がしみこんでできあがるという道程と同じように、絵具が紙の裏面から、表面にしみ込んでいくということが、板画の性質にさからわない道程なのです。自然に筆を通じて色彩が、板されていくのです。描かれたもの 棟方志功 「沢潟妃の柵」
ではなく、しみ込んでいくことによって、板画と同じ他力による出来栄えを見ることができるのです。そういうところから「裏彩板画」ができました。墨一色では感じがこめられない、というときの表現様式の一つにこの技法を考えました。
「裏彩板画」は、なごやかな気分を板面にただよわせます。また、やわらかい、ほのぼのとした気分を板面に流れさせる効果があります。
(「板画の話」より)
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書というものはやはり技巧ではなく、形態を見せるものではなく、心頭ほとばしるところから生まれるものではなくてはいけないと思った。見られる形よりも、書かれる心を土台にして生動するものを見せたいと思いまして、書を展覧会の中に含めたのです。
(「第一回棟方志功芸業展」より)
(書)花深無行跡 軸装
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棟方志功は次のように語っています。
「柵」というのは垣根の柵、区切る柵なのですけれども、むかしは、城の最初のものを柵といったと聞いています。
何々の柵、どこどこの柵という城の形にならない、ただクイを打っていく、そんなようなモノでしょうか、「しがらみ」というものでしょうか、そういうことにこの字を使いますが、わたくしの柵はそういう意味ではありません。字は同じですが、四国の巡礼の方々が寺を廻られる時、首に下げる、寺々へ納める廻札、あの意味なのです。この札は一ツ一ツ願かけの印札を納めていくということ、それがこの柵の本心なのです。ですから、納札、柵を打つ、そういう意味にしたいのです。たいてい、わたくしの板画の題には「柵」というのが付いていますけれども、そういう意味なのです。一柵ずつ、一生の間生涯の道標を一ツずつ、そこへ置いていく。作品に念願をかけておいていく、柵を打っていく。そういうことで「柵」というのを使っているのです。この柵はどこまで、どこまでも続いていくことでしょう。際々無限に。
棟方志功「板極道」より
二菩薩釈迦十大弟子「摩訶迦葉の柵」
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