よくねえ、わたくしが板画という字を使うので、板と版とどう違うのかと聞く人がいるんですよ。まえまえ、わたくしも板画をはじめたころは、版という字をつかっていたんだが、板画の心がわかってからは、やっぱり板画というものは、板の生まれた性質を大事にあつかわなければならない、木の魂というものをじかに生み出さなければダメだとおもいましてね。ほかの人たちの版画とは別な性質から生まれていかなければならない。板の声を聞くというのが、板という字を使うことにしたわけなんです。「巌鷹の柵」 1958年 34.0x25.1
しかし、これはわたくしだけではないんで、江戸の後期ごろの板画家はこの板を使っています。板元などどいうときは、この板だし、わたくしは木版画専門ですから、この板を使ったほうがほんとうだと思って、この板をつかっているんです。
もともといまは普遍的に使われている版は、板を半分にした字なんですね。ですから、半分にするよりも、全部の意味をもたせたほうがいいと、この板の字を使っているんですよ。
棟方志功 「花深処無行跡」より
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上宮太子とは聖徳太子の別名で、この作品は棟方志功が聖徳太子の生涯を題材にして制作した聖徳太子絵伝であります。制作にあたっては、これまでの作品も独自の解釈で制作を進めていることを考えると、ここでも棟方志功独自の聖徳太子論を展開したものと思われます。 黒駒の柵 昭和15年 25.5x34.0
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狐狼の柵 獅子窟の柵
流離抄板画巻 全31首 1953年
以前から吉井勇の歌を好んでいた棟方志功が、吉井の歌集「流離抄」の中から24首、その他から10首を吉井自ら選んでもらい、 そこから棟方志功自身が31首選び、板画にした作品です。
この歌集は吉井が富山県八尾町に疎開していた頃の歌を集めたもので、同じころ同県福光町に疎開していた棟方の心に強くふれるものがあったらしく、制作中はこれらの歌を大きな声で歌いながら彫ったといいます。
この作品は1953年国画会展に出品されました。
とうたらりの柵
春立の柵 角屋の柵![]()
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棟方志功の後見人の一人である大原総一郎
から依頼されて制作いたしました。大原氏の意向により、ベートーベンの「運命」とテーマにし、ニーチェの「ツァラトゥストラ」の詞を彫り込んで「何とも言えない大きな世界」を表現しようとしたものになります。この作品で棟方志功は板木を真っ黒に塗り、丸刀一本で彫っています。この「夕宵の柵」は運命板画柵 四点のうちの 「夕宵の柵」1951年 87.5x88 三番目の作品になります。
昭和27年にはパリで開催の「サロン・ド・メ」に招待出品されました。
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